大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和57年(ワ)1345号 判決 1983年4月15日

京都市中京区聚楽廻西町一八四番地

原告

小畠信吉

右訴訟代理人弁護士

村松いづみ

小川達雄

高田良爾

吉田隆行

矢野修

安保嘉博

京都市中京区柳馬場通二条下ル等持町一五中京税務署内

被告

浜部節雄

右同所

被告

谷内米一

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金五〇万円及びこれに対する昭和五七年七月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本件訴を却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、肩書地でオバタケ工房という屋号で広告美術業を営む業者であり、被告らは、中京税務署に勤務する国税調査官である。

2  被告らは、昭和五七年四月二八日午後一時一五分頃、所得税調査の目的のために事前通知なしに原告の経営するオバタケ工房店舗兼作業所に臨店した。

3  原告の従業員訴外武笠透は、原告が仕事のため外出して不在であったので、被告らに対し原告が不在であることを告げたところ、被告らは「一時半まで表で待たせてもらいますから」と申し向け、玄関入口から表(道路)に出た。

4  訴外武笠透は、仕事に出かけるため、玄関から作業所に通ずる通路の戸扉に旋錠をし、他の従業員一名と共に外出した。

5  その後、午後一時二八分頃、被告らは共謀のうえ、オバタケ工房の店舗兼作業所に人が誰もいなくなったことを奇貨として、所得税調査の資料を入手する目的のもとに、被告谷内米一において玄関の前に立って見張りをし、同浜部節雄において右戸扉の鍵をはずし、玄関から通路を通って作業場の中まで正当な理由なく侵入した。

6  被告らは、原告の所得税調査の資料を入手する目的で原告の店舗兼作業所に無断で侵入したものであって、被告らのかかる行為は、所得税法二三四条、憲法三五条に違反し、刑法一三〇条に該当する行為である。

7  被告らの右行為によって、原告は、その社会的信用のみならず営業上の信用まで甚だしく失墜させられた。右損害は、金五〇万円に相当する。従って、被告らは民法七〇九条、七一九条一項により右金員相当額の不法行為による損害賠償責任を負う。

8  よって、原告は被告らに対し、金五〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五七年七月三〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告らの本案前の主張

原告は、本訴において中京税務署の職員である被告らの職務行為が違法であり、当該違法行為により損害を受けたとして、被告らに損害賠償請求をなすものであるが、公権力の行使に当る公務員の職務行為に基づく損害については、国又は公共団体が賠償の責に任ずるものであって、職務執行に当った公務員が直接その責任を負うものではない。従って、被告らに対する本訴は不適法であるから、却下されるべきである。最高裁判所昭和三〇年四月一九日第三小法廷判決・民集九巻五号五三四頁もこの考え方に立っている。

三  右に対する原告の反論

国家賠償法一条一項は、「国文は公共団体が、これを賠償する責に任ずる」と規定している。しかし、同条は実際の不法行為主体たる加害公務員個人の賠償責任については何ら触れていない。国家賠償責任の成立要件としては、公務員個人による不法行為の存在が必要とされていることは異論のないところであり、同条から直接にこの加害公務員個人の責任を否定することは出来ない。むしろ、民法上使用者責任が認められる場合において被用者自身の責任が認められることを対比すれば、国家賠償において加害公務員個人の責任を否定する合理的理由は見出し難い。公務員の職務執行を萎縮させてしまうということが否定論者の有力な根拠とされるが、公務員の権力濫用は厳に戒められるべきものであり、特に本件の如き故意による国民の権利侵害を職務執行の名のもとに法が認容するべくもない。従って、かような場合にこそ、公務員個人に対して直接に賠償責任を認めることが、権力に対する国民の権利保護のため規定されている憲法一七条及び国家賠償法一条の趣旨にそうものといわねばならない。

また、公務員に対する国民の監督作用において、加害公務員に対する責任追及はきわめて有効な手段である。特に本件のように税務調査に名を借りた違法行為が跡を断たない現状のもとでは、単に国の責任を認めるだけでは、国民の権利は何ら保障されない。公務員自身において国民の権利保障の重要性が覚醒されなければ、国民の権利保護のために特に国家賠償法が定められている趣旨が没却されるほかない。また、被害者たる国民にとっても、国のみならず加害公務員自身の責任が明確にされることにより、はじめて権利感情が充足され、公務執行に対する信頼が回復することを看過してはならない。

もっとも、国家賠償法一条二項が、加害公務員において故意又は重過失ある場合のみ求償権を認めていることの権衡上、加害公務員の責任負担は、この場合にのみ減縮されるべきである。本件においては、被告らの行為は故意に基づくものであることが明らかであるから、被告らの責任は免れない。

被告らは、最高裁判所昭和三〇年四月一九日第三小法廷判決を援用するが、これは加害公務員に故意又は重過失が認められる場合にまで個人責任を否定する趣旨であるかは不明である。かえって、その後の東京地方裁判所昭和四六年一〇月一一日判決が故意又は重過失ある加害公務員の個人責任の負担を明言していることからすれば、故意又は重過失ある場合の公務員の個人責任の負担は判例上も認められる方向にあると言うべきである。

理由

原告の被告らに対する本訴請求の要旨は、中京税務署の職員である被告らが、原告の所得税調査の資料を入手する目的で原告の店舗兼作業所に無断で侵入したことにより、原告は、社会的信用及び営業上の信用の失墜という損害を被ったので、被告らに対し民法七〇九条により右損害の賠償を求めるというのである。

ところで、所得税法、法人税法等各種租税法によりいわゆる質間検査権を認められている税務署の職員が、公権力の行使に当る国の公務員に該当することはいうまでもなく、かつ、本訴請求が税務署の職員の職務を行うについてしたという被告らの違法な加害行為を原因とするものであることは、原告の主張自体により明らかである。

そこで、公権力の行使に当る国の公務員が、その職務を行うにつき故意又は過失によって違法に他人に損害を与えたという場合に、公務員が被害者に対して直接責任を負うべきか否かについて検討するに、最高裁判所昭和三〇年四月一九日第三小法廷判決・民集三二巻七号一三六七頁は、このような場合公務員の個人責任を否定する立場に立っており、当裁判所も右見解を正当とするものである。

その理由として、従来から(一)民法四四条一項又は同法七一五条一項により賠償責任を負う法人や使用者と対比した場合、国又は公共団体の支払能力は格段に高く、完全といいうるのであり、その国又は公共団体が賠償責任を負うことによって、被害者に対する損害填補という本来の目的は完全に達成されるのであるから、公務員個人に責任を負担させる必要はないこと、(二)公務員の個人責任を認めれば、被害者の報復感情を満足させることにはなるが、これは、国家賠償制度の本来の目的を逸脱したものであること。

(三)公務執行の適正を担保するという点においても、公務員の違法行為を理由として国又は公共団体に賠償責任を追及しうること、さらに国又は公共団体が当該公務員に求償し、また、懲戒を課することができること、あるいは刑事上の手続の存在からすれば、公務員の個人責任を認めなくとも、右公務執行の適正の担保には十分であること、(四)行政が複雑になり、国民生活への介入、接触が多くなれば、損害も必然的に多く生じうるのであり、この中で公務員の個人責任を認めること、職務の執行を萎縮せしめ、その障害となるおそれがあること、(五)国家賠償法一条一項は「国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる」ことを明言し、これにつづけて同条二項において公務員に対する求償権を規定するとともに、これに応じて、従前、公証人や戸籍吏等に賠償責任を負わせていた規定(公証人法六条、戸籍法四条等)を削除していることなどがあげられているが、当裁判所も、これらの理由を肯定するものである。そして、公務員個人を被告として提起された訴も、訴訟要件を欠くわけではないから、これを不適法として訴を却下すべきではなく、これに対しては、請求棄却の実体判断をすべきである。

右見解に従い本件をみれば、本訴請求は、それ自体理由がないといわざるをえない。

よって、原告の本訴請求は、被告らに原告主張のような行為があったか否かを審理するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田坂友男 裁判官 小田耕治 裁判官 西田真基)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例